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ポール・マッカートニーと菜食⑥

ポール・マッカートニーと菜食⑥

ポール・マッカートニーと菜食⑥

64年クリスマス・イブ、その晩のショーの後の食事はというと、その内容は、卵、ソーセージ、フライドポテトと豆というシンプルなメニューで、これはビートルズの典型的な食事なのでした。
デビュー当時、ジョンは冗談まじりに、僕たちの主食は卵とソーセージだったね、と言ったことがありますが、それが2年経ち、大きな成功を手にした時でも、彼らは相変わらず同じものを口にしていたのでした。
つまりイギリスには伝統的な食事というものがあまりなく、上記のようなシンプルな食事が当たり前だったのです。

1964年にアメリカ上陸後、アメリカでもNo.1ヒットを連発し、世界的なスターになっていきます。

1965年3月14日「ヘルプ!」のロケ撮影に行きます。
この時のオーストリアのオーベルタウエル・アルプスのホテル・エーデルワイスのレストランで、K・コールマンがポールにインタビューした時に食べていた昼食は、アーティチョーク&サラミ、白ワイン、子牛の肉、ライス、洋梨のデザートでした。

1965年12月 ビートルズ最後のUKツアー
12月8日、ビートルズとムーティー・ブルースなどのショーの後のディナーの内容です。

メニューは、ステーキと卵とポテト・フライという毎度、おなじみのものでした。
マンチュスター市長用のシティ・ホールの一室が、ビートルズとムーティー・ブルース一行のために用意されていました。

やはり、食事内容から見ると、ポップ・スターとして大成功した人気者であっても、意外とシンプルなメニューだったことがわかります。
しかし、それにしても肉食中心の食事なのです。
つまりツアー中は、ステーキ!ステーキ!ステーキ!なのでした。

以上のような記録をみてみると、20代の若者にとっては、ご馳走であるステーキを中心に、かなり高カロリーのものを摂っていたようです。
つまり、肉類、乳製品中心の生活だったのです。

ポールは、66年頃、毎夜毎夜、ロンドンのナイト・スポットに出かけるような生活をしています。
この時代は、ポールのアヴァンギャルドの時代なのです。
ポールが出かけたクラブ、バック・オネイルズでの食事です。
ステーキ、フライドポテトと煮込んだ豆が深夜クラブの定番でした。
スウィンギング・ロンドンといわれた66年頃、ポールは頻回にクラブへ通っていました。

そこでの食事は上記のようなものが典型的だったのです。

続く・・・

1.ポール・マッカートニーと菜食①2014/5/23
2.ポール・マッカートニーと菜食②2014/5/30
3.ポール・マッカートニーと菜食③2014/6/6
4.ポール・マッカートニーと菜食④2014/6/13
5.ポール・マッカートニーと菜食⑤2014/6/20
6.ポール・マッカートニーと菜食⑥2014/6/27
7.ポール・マッカートニーと菜食⑦2014/7/18
8.ポール・マッカートニーと菜食⑧2014/7/25
9.ポール・マッカートニーと菜食⑨2014/8/1
10.ポール・マッカートニーと菜食⑩2014/8/8
11.ポール・マッカートニーと菜食⑪2014/8/15
12.ポール・マッカートニーと菜食⑫2014/8/22
13.ポール・マッカートニーと菜食⑬2014/8/29

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