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ポール・マッカートニーと菜食⑩

ポール・マッカートニーと菜食⑩

ポール・マッカートニーと菜食⑩

 インドでの食事 マル・エヴァンスの証言 1968年2月
 朝食:コーンフレークにパフウィートかポリッジ
    飲み物はフルーツ・ジュース、紅茶、コーヒー、それにトーストにママレードかジャム
 昼食・夕食:スープと菜食主義者用のメインコース(スパイスを用いた料理)
    たっぷりのトマトとレタス・サラダ、カブ、ニンジン、ご飯とジャガイモ
       
このメニューに、ジョンとジョージは満足していた。
二人ともだいぶ前から肉食をやめていたのでした。
この内容は、肉類を除いた菜食主義的料理でした。

この様にして、ジョージはヒンズー教の教えから菜食主義になったのです。
ジョンもポール、リンゴもこの時に菜食主義で過ごしています。
ただし、リンゴはタマネギやニンニクの他スパイスなどの刺激物を全部受けつけなかったので、このスパイシー(カレー風)なインドの菜食料理についていけず、ハインツの缶詰ベイクド・ビーンズをスーツケースにいっぱい持参してそれを食べていましたが、途中で帰国してしまいます。
なお、朝食後には瞑想やマハリシの講義を聴いていました。

68~69年頃、ビートルズ崩壊の時期にロンドンの自宅の庭で食事をするポールの写真があります。
この写真で確認できるのは、ベーコン、卵料理(おそらくは目玉焼き)、ヘインツのトマトケチャップ、ミルク、HP印のソース、トースト等です。
この写真はリンダが写したものです。

ポールは何か書類を読みながら食事をしています。
この時代のポールは菜食主義ではなかったのです。
ポールが独身時代に好きだった食べ物は、豆にトースト、あぶったチーズとトマトのサンドイッチといったリバプール時代からのなじみの物でした。
でも67年頃のガールフレンドであるジェーン・アッシャーと一緒にベジタリアンのレストランに行ったこととか、彼女がポールのためにベジタリアン食を作ったなどという記載がありましたので、ちょっとはなじんでいったのでしょう。

ちなみにビートルズの伝記を書いて仲のよかったハンター・ディビスは後にポールとジェーンの食卓がベジタリア・フードであったと述べています。
それは夕食として肉を使わない料理で、初めはヴィネガレット・ソースつきのアボカド、続いて木の実とスパイスを入れた野菜のキャセロール(蒸し焼き鍋)だったそうです。
その後、ジェーンとは別れてしまうのです。

その後、ポール・マッカートニーは、ビートルズ脱退後、今は亡きリンダとの結婚を機に、一家でスコットランドの農場に移り住みました。
60年代中頃にロンドンのナイト・クラブの生活を楽しんだポールと、ニューヨーク生活のリンダの二人の都市型生活者が、何故カントリー・ライフに移行したのでしょうか。

そもそもポールは、アヴァンギャルド的な生活やビートルズのメンバー間の軋轢に心も体も疲れてしまったのかもしれません。

続く・・・

1.ポール・マッカートニーと菜食①2014/5/23
2.ポール・マッカートニーと菜食②2014/5/30
3.ポール・マッカートニーと菜食③2014/6/6
4.ポール・マッカートニーと菜食④2014/6/13
5.ポール・マッカートニーと菜食⑤2014/6/20
6.ポール・マッカートニーと菜食⑥2014/6/27
7.ポール・マッカートニーと菜食⑦2014/7/18
8.ポール・マッカートニーと菜食⑧2014/7/25
9.ポール・マッカートニーと菜食⑨2014/8/1
10.ポール・マッカートニーと菜食⑩2014/8/8
11.ポール・マッカートニーと菜食⑪2014/8/15
12.ポール・マッカートニーと菜食⑫2014/8/22
13.ポール・マッカートニーと菜食⑬2014/8/29

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